燈蓮寺伽藍堂 -RISING FALCON-

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将門塚の変遷

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はじめに

今回は将門塚の参拝記。
改修工事前、改修工事中、改修工事後のそれぞれについて撮ることができた。
 

将門塚


平将門公といえば平安時代桓武平氏*1の武将で、承平天慶の乱を起こした東国の覇者だ。
伝説によれば、乱に敗れ京都で晒し首にされるも、首は遥か東方へと飛び帰りこの地に落ちたとされる。
そして首が落ちてからは天地が鳴動したため土地の人が首を弔う塚を建立した、というのがこの将門塚の始まりらしい*2
徳治2年(1307年)には真教上人*3が将門公に「蓮阿弥陀佛」の名を贈り、その後日輪寺*4での供養と神田明神での奉祀が行われるようになった*5
現在では、将門塚は皇居の近くで高層ビルに囲まれながらもその長い歴史と伝説を今に伝えている。
 

2019年10月19日参拝


最初にこの場所に参拝したのは2019年のことだ。
 

「南無阿弥陀佛」が刻まれた石碑の後ろの石塔は、(ガラスか強化プラスチックかは不明だけど)透明なケースに覆われていた。
また、塚の周囲には将門公の首が東に「帰る」ことに掛けて「カエル」の置物が多数置かれていた。
 


そして由緒書の掲示も上記のような感じだった。
 

2020年11月28日参拝


この頃になると工事が開始され、敷地内には立ち入れなくなった。
 


その代わりに工事現場の囲いの一部に簡易版の参拝所が鎮座しており、その下には賽銭投入口が設けられていた。
 

なお、囲いの隙間から見えた風景は(当然と言えば当然だけど)何もかもが無くなっていて中々衝撃的だった。
 

2021年9月4日参拝


さて、これが工事完了後の将門塚だ。
敷き詰められた砕石の上を、石橋が渡されている*6
 

「南無阿弥陀佛」の石碑は変わらないが、石碑の後ろの石塔は透明なケースは外されていた。
 


由緒書の掲示も新しくなっていた。
どちらも「令和三年」の文字が書かれている。
 

【将門塚】
住 所:東京都千代田区大手町1-2-1
御祭神:平将門
社祠等:無し
建 立:940年
H P:https://masakado-zuka.jp/
 

 

脚注

*1:桓武天皇5世孫で、桓武平氏初代・平高望の孫。

*2:この話に従うなら、将門塚の建立年は乱鎮圧の940年ということになるだろうか。

*3:時宗の一遍の弟子で、第2代遊行上人。

*4:現在は浅草に遷座

*5:先日の改修工事完了の時も両寺社により式典が行われている

*6:なおこの橋は、史蹟将門塚保存会HPの「第六次 将門塚改修工事  設計思想と細部説明」の「4 参詣順序に沿った各所説明」によれば「太鼓橋」という名が付けられているようだ。