はじめに
前回の記事で書いた日御碕神社御神場御旅所のすぐ近くに、藪の中へと続く道がある。
その先には石階段があるので、これを上って行く。
立虫神社
御祭神は少童命(わたつみのみこと)を祀る。
少童命はその名の通り海の神だが、神話を読むと色々とややこしい。
恐らく「わたつみ」を冠する海の神が複数存在するという事なのだろう。
『日本書紀』神代上第5段一書第6では、伊奘諾尊・伊奘冉尊の神生みの際に少童命が生まれたとする一方、伊弉諾尊が黄泉国から帰還して禊をする際に底津少童命・中津少童命・表津少童命(後に阿曇連が奉斎する3柱の神)が生まれたとされている*1。
『古事記』では、伊邪那岐命(伊奘諾尊)・伊邪那美命(伊奘冉尊)の神生みの際に大綿津見神が生まれたとする一方、伊耶那岐命が黄泉国から帰還して禊をする際に生まれた底津綿津見神・中津綿津見神・上津綿津見神(後に阿曇連が祖神として奉斎する3柱の神)が生まれたとされている*2。
『旧事紀』では、伊奘諾尊・伊奘冉命の神生みの際に生まれた大綿津見神の別名が少童命とする一方、伊奘諾尊の禊の際底津少童命・中津少童命・表津少童命(後に阿曇連が奉斎する3柱の神、別名を筑紫斯香神)が生まれたともされている*3。
立虫神社の創建年は調べたが分からなかった。
ただ『大社町史』によれば、明治7年(1874年)に日御碕神社境内摂社の宗像神社に合祀されたが、明治12年(1879年)に合祀をやめて復旧したとのこと*4。