燈蓮寺伽藍堂 -RISING FALCON-

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勧学院・延命院鎮守の武信稲荷神社

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はじめに


前回の記事で書いた地蔵堂の横には、武信稲荷神社という由緒ある神社が鎮座している。

武信稲荷神社

武信稲荷神社社殿


御祭神は、宇迦之御魂大神佐田彦大神大宮能売大神の3柱を祀る*1
この3柱は伏見稲荷大社の本殿に祀られる神だ。

創建は貞観元年(859年)で、藤原良相勧学院(良相の父の藤原冬嗣が創設した藤原氏大学別曹)と延命院(良相が創設した療養所)の守護神として祀り、のち藤原武信なる人物が篤く崇敬したため武信神社と呼ばれるようになったとのこと*2

なお創建については昭和9年(1934年)に出版された『京都神社誌』では、勧学院・延命院鎮守として藤原武信が勧請したという説と、平安遷都の際に大内裏の守護として桓武天皇が祀ったという説の2つが掲載されているが、詳細は不明だ*3


一寸法師が御伽話の中で住み込んだ屋敷のモデルが藤原良相の屋敷であり、その屋敷はこの地にあったということで、武信稲荷神社は一寸法師ゆかりの地ということらしい。


なお令和4年(2022年)2月に参拝した際には、拝殿にアマビエの絵が飾られていた。

宮姫社



宮姫社は御神木の榎に宿るとされる弁財天を御祭神としている*4
長寿健康・縁結びなどの御利益があるらしい。



宮姫社の背後にあるのが御神木の榎だ。
武信稲荷神社HPによれば、平安時代末期に平重盛安芸国厳島神社から植樹したと伝わっているようだ*5
なお先述の『京都神社誌』では、平清盛厳島神社から植樹したとしている*6



なお平成25年(2013年)8月に御神木の巨大な枝が折れて落下したが、その枝はチェーンソーアートにより立派な木彫りの龍として甦っている。

伏見遥拝所



宮姫社の近くには伏見遥拝所が建てられている。
伏見遥拝所はその名の通り伏見稲荷大社を遥拝するための場所だ。
石碑にも「伏見稲荷 御山遙拜所」と刻まれている。
武信稲荷神社本殿の御祭神も伏見稲荷大社本殿と稲荷山三峰に祀られる神であることを考えると、遥拝所があるのも納得だ。


遥拝所碑の左側には「武信」とだけ彫られた石碑が置かれているが、これはもしかすると稲荷山に無数に鎮座するお塚(各々が信仰する神名を刻んだ石碑)だろうか。
とすれば「武信(稲荷大神)」の意だろう。

末社


伏見遥拝所の横には3つの社が1つの覆屋の下に並んで鎮座している。

白清大明神


末社の一番左は白清大明神の社が祀られている。
白清大明神については由緒書等は無かったため詳細不明。

七石大明神


真ん中の社は七石大明神を祀る。
七石大明神についても詳細不明。

太郎松大明神


一番右の社は太郎松大明神を祀る。
太郎松大明神も詳細不明ながら、調べてみると武信稲荷神社の北東かつ神泉苑の南にある蓮光院の境内社にも、太郎松大明神が祀られているらしいことは分かった。

釘抜き大明神


末社の横には釘抜き大明神という変わった形の御神体が祀られている。
これは武信稲荷神社HPに曰く、かつて近所に住んでいた鍛冶屋が病災に苦しんだため武信稲荷に祈願しつつ鉄を打つと釘抜ができたため奉納したところ、病災が治まったとされている*7
このことから、御利益は病気平癒となっている。

能勢妙見山常吉大明神


釘抜き大明神の右側には常吉大明神が祀られている。
先頭には「能勢妙見山」の字が見える。
調べてみると、大阪府能勢町にある無漏山真如寺の境外仏堂の能勢妙見山の境内末社常吉大善神という神が祀られているようなので、その神を指しているのかもしれない。

武春大明神


本殿の裏手には武春大明神が祀られている。
武春大明神については詳細不明だ。

末社


境内北側には北末社として1つの覆屋の下に2社が鎮座している。

金比羅


左側にあるのは金比羅宮だ。
金比羅宮なので、大物主神を祀るものと思われる。
場合によっては崇徳天皇も合祀されているのかもしれないが、由緒書等がないため詳細不明。

天満宮


右側は天満宮となっている。
ここも由緒書等は無いため詳細不明だが、その名の通り菅原道真公を祀るものと思われる。

白蛇社(白蛇大辨財天)


社務所の近くには白蛇社が鎮座している。
御祭神は白蛇大辨財天という、その名の通り白蛇の姿をした弁財天を祀る。
かつてこの弁財天が行者に社の建立を夢告し、それに基づいて創建されたとのこと*8

大黒社(起上大明神)


駐車場・駐輪場の辺りに鎮座するのは大黒社だ。
扁額に「起上大明神」とある通り、起上大黒という大黒天を祀っている。
その名の通り、飛躍や開運の御利益があるとのこと*9

御塚


大黒社の左側には、「南無妙法蓮華経」と刻まれた題目碑が建っている。
武信稲荷神社HPによれば、御塚と呼ばれているらしい*10
何故題目を刻んだ石碑がここにあるのかはよく分からなかったが、もしかすると神仏習合時代からあるものだろうか。

【武信稲荷神社】
住 所:京都府京都市中京区今新在家西町38
御祭神:宇迦之御魂大神佐田彦大神大宮能売大神
社祠等:宮姫社(御祭神:弁財天)
    伏見遥拝所
    外多数
創 建:859年
H P: https://takenobuinari.jp/

脚注

*1:武信稲荷神社HP 御由緒」参照。

*2:同上

*3:藤田由章『京都神社誌』(社寺研究会、1934年)53頁

*4:武信稲荷神社HP 境内案内」参照。

*5:同上

*6:藤田、前掲書、55頁

*7:武信稲荷神社HP 境内案内」参照。

*8:同上

*9:同上

*10:同上

今新在家西町の地蔵堂

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はじめに


前回の記事で書いた三森稲荷大神から北西200mほどの位置、武信稲荷神社の社号標の右側に地蔵堂と思しき堂宇が鎮座している。

地蔵堂



この堂宇の扁額には今新在家西町(いましんざいけにしちょう)と書かれており、町会が祀っているらしい。
また上掲の画像では見切れてしまっているが、「町内安全」と台座には刻まれている。

由緒書等は無かったため詳細は不明だが、恐らく地蔵堂地蔵尊を祀っているものと思われる。
なお、Googleマップには「今新在家西町地蔵尊」と書かれている。


内部はよく見えないが、とてもカラフルな仏像が祀られているらしいことは分かった。

地蔵堂?】
住 所:京都府京都市中京区今新在家西町29-1近く
御本尊:地蔵尊
社祠等:無し
H P:無し

脚注

無し

中京区因幡町の詳細不明な三森稲荷

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はじめに

元祇園梛神社の500mほど北東、蛸薬師通神泉苑通がぶつかる丁字路の辺りに三森稲荷大神という社が鎮座している。

三森稲荷大神

三森稲荷大神社殿



三森稲荷大神は詳細不明な神社だ。
扁額を見る限り三森稲荷大神を祀るらしいこと、町会の賞状が飾られているので町会が神社を管理しているらしいことは何となく分かるが、それ以外については由緒書も見当たらず、何も情報が無い。

境内社(詳細不明)


境内社もあるが、こちらも全く詳細不明。
綺麗に管理されており、大事にされているのが伺える。

【三森稲荷大神
住 所:京都府京都市中京区因幡町110-6
御祭神:三森稲荷大神
社祠等:境内社(御祭神:不明)
創 建:不明
H P:無し

脚注