燈蓮寺伽藍堂 -RISING FALCON-

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宮益御嶽神社は渋谷駅の近くに

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宮益御嶽神社参拝

渋谷駅の近く、宮益坂の途中

今回は東大近くの富士浅間神社前回記事参照)に行った翌日の話です。
 

鳥居
御小休所阯碑
渋谷駅近く、宮益坂の途中にある宮益御嶽神社に参拝しました。
ここは1870年に明治天皇の練兵展覧御幸があった際に、御小休所にもなったことがあるそうです。
 

社殿

社殿
こちらが宮益御嶽神社の社殿です。
御祭神は日本武尊、秋葉ノ神*1大国主神、菅原ノ神*2の4柱とのこと。
また、狛犬は全国でも珍しい日本狼の狛犬だそうです。
 

宮益不動尊

宮益不動尊
境内には宮益不動尊の御堂もあります。
御堂の中には3体の石仏があり、掲示によれば真ん中が不動尊石像、右が勢至菩薩*3石像、左が庚申石像(青面金剛*4)とのことです。
また不動尊石像と勢至菩薩石像の間には地蔵尊らしき石像もありましたが、詳細は不明です。
 

その他

明治三十七八年 戰役紀念碑

明治三十七八年 戰役紀念碑
「明治三十七八年 戰役紀念」と書かれた石碑がありました。
これは明治三十七・八年戦役とのことなので、日露戦争の紀念碑ですね。
砲弾の形なのがユニークです。
 

句碑

句碑
「名月や御嶽能苑に 讃え佇つ」と書かれた、宇田川麗哉の句碑もありました。
この句碑の「に」は「耳」の字を元にした変体仮名ですかね。
 

【宮益御嶽神社
住 所:東京都渋谷区渋谷1-12-16
御祭神:日本武尊、秋葉ノ神、大国主神、菅原ノ神
末社等:宮益不動尊不動尊勢至菩薩青面金剛地蔵尊?)
創 建:不明
H P:宮益御嶽神社
 

 
さて、今回は以上です。
次回は、3月中旬に東京に行った件について書きたいと思います。
 

脚注

*1:軻遇突智神のことか。

*2:菅原道真公のことか。

*3:衆生を地獄に落ちないよう救済する菩薩。

*4:病除けの利益があるとされる仏教の神。

浅間神社と追記について

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追記について

お久しぶりです。
最近は頻繁に東京に行ったり何だりで記事の更新が出来ていませんでした。
 
さて、まずは記事の追記を行った件についてです。
追記を行ったのは先日の一連の東京記事の内、次の4つの記事です。
日本橋、情け有馬の水天宮
八大龍王社と八大龍王社元宮
狸像が可愛い柳森神社
『野望の王国』聖地巡礼
 
具体的には、
・水天宮の記事は安産子育河童について追記
・八大龍王社と八大龍王社元宮の記事は全体的に写真を見やすいものに差し替え
・柳森神社の記事は国会図書館で確認した『柳森神社略誌』の記述について追記
・『野望の王国』の記事は写真の追加
を行いました。
 

東大近くの富士浅間神社

社殿

社殿
この記事でも書いた通り、先日僕は『野望の王国』の聖地巡礼に行って来た訳ですが、その際に東大本郷キャンパスのすぐ近くに富士浅間神社を見つけたので参拝しました。
特に掲示等はありませんが、富士浅間神社なので御祭神は木之花咲耶姫命でしょうか。
 
境内の由緒書には以下の通り書かれています。

   富士浅間神社
 
 かつてこの地は明治5年(1872)から昭和40年(1965)まで「本富士町」という町名であった。
 加賀藩本郷邸の跡地にたつ東京大学本郷キャンパスにおいて、その名残を今にとどめる赤門を入って右手に、かつて「椿山」と呼ばれる小丘があった。江戸時代、「椿山」は「富士山」「富士塚」などと呼ばれ、富士浅間神社が祀られていた。駒込富士神社本駒込5-7-20)は、この本郷の富士浅間神社から勧請したという伝承を有し、そのことが「本富士町」という町名の由来ともなった。
 明治4年、本郷の富士山やその一帯は国に接収され、祀られていた富士浅間神社は旧加賀藩邸の南西一角に屋敷を構えた前田家の敷地内に移転した。前田家が昭和3年駒場へ移転したのちは、地元の町会である本富士会(現在の本富士町会の前身)の管理下に移された。
 地域住民に守られるこの小さな社は、かつて本郷に「富士山」があったことを物語る唯一の場所である。

 
   文京区教育委員会   平成29年3月

 

その他

冨士淺間大神碑
境内には「冨士淺間大神碑」と書かれた石碑もありました。
 

【富士浅間神社
住 所:東京都文京区本郷7-2-6
御祭神:木之花咲耶姫命
末社等:無し
創 建:不明
H P:無し
 

 
 
 


スカディ、ウル、ブランデージ会長を祀る札幌藻岩山スキー神社

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<2023年12月 記事内容改訂>

はじめに

藻岩山スキー場の近くに、女神スカディを祀る神社があるらしい。
そんな噂を聞いたので、実際に見に行ってきた(無論、某ゲームの影響であったことは言うまでもない)。
場所としては藻岩山スキー場の駐車場のすぐ下、雪友荘という建物の向かい側だ。

札幌藻岩山スキー神社



まず現地へ行って分かったことだが、神社のある敷地へはロープが張られていて入ることが出来ない。
ロープの外からは「札幌藻岩山スキー神社」の看板がギリギリ見える程度だ。
一応、その場で遥拝することにした。


御祭神はブランデージ神・ウル神・スカディ神の3柱だ。
まずブランデージ神は、札幌五輪の立役者でIOC会長も務めたアベリー・ブランデージ氏を指している。
ウルとスカディは北欧神話のスキーの神で、夫婦だったとも伝わっている。

スカディ神を祀る神社は日本広しと言えどもここぐらいなものではないかと思う。
なおウル神とブランデージ神は藻岩山中腹の藻岩山神社にも祀られている(なお藻岩山神社のその他の御祭神は伏見稲荷大神と、日本にスキーを伝えたレルヒ中佐を神格化したレルヒ神となっている)。

建立経緯については、北海タイムス(かつて北海道で発行されていた地方紙、1998年廃刊)の1979年4月16日の札幌版に特集記事が載っている。
なおこの記事は、札幌市中央図書館にて記事を見る限りではどうやら札幌版にしか掲載されていない記事のようだ(別の図書館でこの日の北海タイムスの別の地方版を見たら載っていなかった)。

この記事によれば、この神社はアマチュアリズムを信奉したブランデージ会長を敬愛して建立されたとのこと。
1975年ブランデージ会長逝去の頃より構想があり、のち実際に建立。
御神体はブランデージ神がオリンパスの丘の石、ウル神がエベレスト山頂の石、スカディ神がエベレスト8,380m付近の石とのこと。
なおこの神社の建立には、安全祈願とスキー事故犠牲者の慰霊の意味も込められている。

【札幌藻岩山スキー神社】
住 所:北海道札幌市南区藻岩下 藻岩山スキー場駐車場下
御祭神:ブランデージ神、ウル神、スカディ神
末社等:無し
創 建:1979年頃
H P:無し

脚注

無し