燈蓮寺伽藍堂 -RISING FALCON-

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狸像が可愛い柳森神社【2019.03.29 追記】

東京・関東巡り記事一覧
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東京旅行記
その1:日本橋、情け有馬の水天宮
その2:鳩森八幡神社に富士山を見た
その3:東郷神社は原宿のど真ん中に
その4:八代龍王社と八代龍王社元宮
その5:早大の向かいの穴八幡宮
その6:神楽坂寺社巡り~神保町へ
その7:花房稲荷神社と講武稲荷神社、秋葉原神社跡地
その8:神田明神と湯島聖堂
その9:狸像が可愛い柳森神社
その10:沖田総司も参拝した六本木ヒルズ近くの櫻田神社
その11:出雲大社は六本木駅徒歩1分の場所に

 

柳森神社に向かう


 

今回は柳森神社へと向かいます。
まず神田川を渡る必要があるのですが、気を抜いていると見落としてしまいそうな場所に橋があります。
その橋とは、ブックオフ秋葉原駅前店の向かい側の和民の横、細い路地の先に架かる「神田ふれあい橋」です。
 

神田川
神社が見えてくる
この橋は新幹線工事の際に設置され、その後地元の要望により撤去せずに使用され続けているとのことです。
橋からは「柳森神社」という看板が見えます。
 

柳森神社

社殿

鳥居
境内全景
橋を渡り切って左折して直進すると、柳森神社の鳥居が見えて来ます。
境内は道路よりも低い位置にあるので、鳥居の辺りからだと神社の全景を見渡すことが出来ます。
本殿や様々な末社富士塚跡などが有るのが分かります。
 
社殿
こちらが柳森神社の社殿です。
御祭神については少々不明点があります。
まず『東京都神社名鑑』(編・東京都神社庁、1986年)によれば、御祭神は倉稲魂命と保倉命*1
次に東京都神社庁のHPによると、御祭神は倉稲魂大神と他7柱となっていますが、7柱の詳細については不明です。
また由来記には伏見稲荷大明神を祀ったことしか書かれていません。
 
由来記全文は以下の通り(適宜改行、句読点を打っています)。

柳森神社由來
 
今を去る五百余年の昔この東京が武藏野の原と稱し足利時代の頃、長禄二年太田道灌公江戸築城の時、その東北方即ち此所に城郭鎮䕶鬼門除けとして京都伏見稲荷大明神を勸請して御祀り申し上げ、神田川土堤一帶に柳の木を多數植え繁茂したるに依り、柳原の名と共に柳森神社の起源となった。
其の後江戸城を中心に年を追って江戸八百八町は繁榮し、この柳森神社も商賣繁昌の神として非常に殷賑を極めたものである。
元禄と文政の頃には、德川家より社殿造營の寄進があり、其の造營物は大正十二年九月一日の関東大震災にて惜くも烏有に帰した。
尚其頃迠この周邊には柳町、小柳町、元柳原町、向柳原町、柳原河岸などと柳に因んだ町名の有ったことも、此の柳の森より起因したものである。
 
昭和三十年が當神社創建鎮座五百年祭に相當するので、崇敬者の發願に依って記念事業として此の神樂殿を建立し、同年五月十五日落慶大祭を執行した次第である。
 
例大祭は毎年五月十四日・十五日
 
   昭和三十六年五月吉日
 
献額神田須田町二丁目一七会有志

 
(以下、献額者名のため省略)

※「御由緒」中に「長禄二年」とあるのは「康正三年」の誤りか
 
 
【2019年03月29日 追記】
国会図書館で『柳森神社略誌』(柳原義雄・著)を確認しました。
この本は1955年当時の柳森神社の宮司さんが著したものです。
3~4頁によると、御祭神は倉稲魂命、合殿は富士浅間大神(御祭神:木花咲耶姫命)と稲荷大神(御祭神:保食命)となっています。
富士浅間大神浅間神社との記述もあるので、現在富士塚跡地に祀られている浅間神社のことでしょうか。
稲荷大神の方は御祭神が保食命なので、こちらは『東京都神社名鑑』の記述と一致します。
この保食命はもとは金亀山稲荷神社といい、大田道灌が江戸城に居た頃に戌亥の方角の鼠穴(そけつ)という地に祀られていた稲荷社とのことです。
 

幸神社

幸神社
本殿のすぐ目の前にある社です。
御祭神は伊弉冉命稚産霊命*2倉稲魂命誉田別命の4柱です。
近くに幸神社の由緒書がありますが、所々風化して文字が判読不能になっています。
 
 
【2019年03月29日 追記】
『柳森神社略誌』の7頁によると、御祭神は伊邪那伎命、豊宇迦之女命、誉田別命倉稲魂命息長足姫命*3、稚産靈命、武内宿禰*4の7柱となっています。
また、この神社は後小松天皇の御代に創建で、増上寺の大門の辺りにあったようです。
 

福寿神祠

鳥居
福寿神祠
こちらは幸神社の隣りにある福寿神祠。
その名の通り福寿神が御祭神です。
由来が掲示されており、内容は以下の通りです。

おたぬきさん 福寿神御由来
 
 江戸開府以来、年と共に諸制度も完備して、漸く泰平の世を迎えた五代将軍綱吉公の御代、将軍のご生母桂昌院様によって江戸城内に福寿いなりと称して創建された。
 桂昌院様は、京都堀川の生まれ、八百屋の娘が春日局に見込まれて、三代将軍家光公の側室となり、五代将軍綱吉公のご生母となる。
 大奥の御女中衆は、他を抜いて(たぬき)玉の輿に乗った院の幸運にあやかりたいとこぞってお狸さまを崇拝したという。
 後世、元倉前甚内橋際 向柳原の御旗本、瓦林邸内に祠を移し祭祀される様になり、明治二年現在の柳森神社に合祠されました
 開運、諸願成就の福寿神として、殊に近年は他を抜いて受験、勝運、出世運、金運向上などにご利益があると信奉されております。
 なお当社において頒与する、”おたぬきさん”と呼ばれる土製の親子狸のお守りは、素朴で、たいへん愛されております。

 

金刀比羅神社

金刀比羅神社
こちらは大物主命*5が御祭神の金刀比羅神社です。
扁額には「金比羅宮」とあります。
 

水神・厳島大明神、江島大明神

水神・厳島大明神、江島大明神
金刀比羅神社の横、境内の水辺に架かる小さな橋の先にある社です。
厳島大明神と江島大明神ということは、宗像三女神田心姫神湍津姫神市杵島姫神)を祀っているのでしょうか。
 

秋葉大神

秋葉大神
こちらは厳島大明神、江島大明神の隣りの秋葉大神の社。
秋葉大神ということは軻遇突智神が御祭神ですかね。
 

明徳稲荷神社

明徳稲荷神社
こちらは明徳稲荷神社です。
由来等は不明ですが、稲荷神社なので御祭神は倉稲魂命かと思われます。
 

富士塚

全景

富士塚
境内には富士塚の跡地もあります。
かつてはちゃんと富士塚があったようなのですが、戦後に富士講が廃れてしまい、1960年に富士塚は破却。
残った石を積み上げたものがこの跡地だそうです。
様々な石碑が置かれています。
 

浅間神社

浅間神社
富士塚跡の中心には浅間神社があります。
御祭神は木之花咲耶姫命です。
 

三柱乃大神碑

三柱乃大神碑
頂上部分には「三柱乃大神」と刻まれた石碑が。
この「三柱乃大神」がどの神様のことを表しているのかは分かりませんでした。
 

御嶽大神

御嶽大神
三柱乃大神碑のすぐ下には、小御嶽大神碑があります。
鳩森八幡神社の記事中の富士塚の所でも書きましたが、冨士山小御嶽神社の別名が「小御嶽石尊大権現」なので、この「小御嶽大神」というのも冨士山小御嶽神社ですかね。
上記の通りであれば、御祭神は磐長姫命*6、桜大刀自命*7、苔虫命*8ということになりましょうか。
 

その他末社について

最初に言及した『東京都神社名鑑』には、末社として猿田彦神社熊埜皇大神社が挙げられています。
名前からすると、前者は猿田彦命、後者は伊邪那美命が御祭神でしょう。
境内には社が見当たらず、特に由緒書等も無いので詳細は不明です。
 
 
【2019年03月29日 追記】
『柳森神社略誌』の4~5頁によれば、末社として八辻稲荷(御祭神の記述は無いですが倉稲魂命でしょうか)、猿田彦神社(御祭神:猿田比古命)、熊野皇太神(御祭神:伊邪那美命)、稲荷神社(御祭神:保食命)、末広いなり(御祭神:倉稲魂命)、信太三社(御祭神:不詳)とあります。
信太三社については調べてもよく分かりませんでした。
いずれも現在はどうなっているのか不明です。
また15~16頁には、摂社として神田須田町1-1にある出世稲荷神社が摂社として掲載されています。
 

狸、狸、狸

色々な狸の像
記事のタイトルにも書きましたが、この神社は狸の像が多くあります。
そのどれもが個性的で愛嬌があって可愛いです。
上の写真の中だと、真ん中の像がお気に入りです。
 

【柳森神社】
住 所:東京都千代田区神田須田町2-25-1
御祭神:倉稲魂命、保倉命
    または
    倉稲魂大神、他7柱
末社等:幸神社(御祭神:伊弉冉命稚産霊命倉稲魂命誉田別命 または 伊邪那伎命、豊宇迦之女命、誉田別命倉稲魂命息長足姫命、稚産靈命、武内宿禰
    福寿神祠(御祭神:福寿神)
    金刀比羅神社(御祭神:大物主命)
    境内社(御祭神:厳島大明神、江島大明神)
    境内社(御祭神:秋葉大神)
    明徳稲荷神社(御祭神:倉稲魂命?)
    富士塚
     ∟浅間神社(御祭神:木之花咲耶姫命
     ∟三柱乃大神碑
     ∟小御嶽大神
    八辻稲荷(御祭神:倉稲魂命?)
    猿田彦神社(御祭神:猿田比古命)
    熊埜皇大神社(御祭神:伊邪那美命
    稲荷神社(御祭神:保食命
    末広いなり(御祭神:倉稲魂命
    信太三社(御祭神:不詳)

創 建:1457年?
H P:東京都神社庁「柳森神社」
 

 
さて、永らく書いてきた東京旅行記も後2回で終了です。
今回は以上です。
 

脚注

*1:保食神(食物の神。口から出した食物でもてなそうとしたために、月夜見尊により斬殺された)のことか。

*2:軻遇突智神埴山姫命の子とも、伊弉冉尊軻遇突智神を生む際に尿から生まれたとも伝わる。

*3:神功皇后。14代仲哀天皇皇后で応神天皇の母。

*4:8代孝元天皇の3世孫。葛城氏、蘇我氏、紀氏などの祖。

*5:大己貴命大国主命)の和魂と伝わる。大神神社の御祭神。

*6:木花咲邪姫命の姉。瓊瓊杵尊が醜いとして娶らず、磐長姫命瓊瓊杵尊を呪い寿命を設定した。

*7:= 木花咲邪姫命。

*8:伊勢神宮内宮摂社の朝熊神社の御祭神。

神田明神と湯島聖堂

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東京旅行記
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その8:神田明神湯島聖堂
その9:狸像が可愛い柳森神社
その10:沖田総司も参拝した六本木ヒルズ近くの櫻田神社
その11:出雲大社は六本木駅徒歩1分の場所に

 

神田明神への道

前回は秋葉原の神社について書きました。
今回は江戸総鎮守・神田明神に行った記事です。
 

秋葉原駅前の広場(ガンダムカフェとかがある辺り)と秋葉原UDXの間の道をずっとまっすぐ行くと、「神田明神下」の交差点から国道17号線へと繋がります。
 

鳥居
そのまま国道17号線沿いに歩いて行くと、神田明神の鳥居があります。
鳥居を過ぎてまっすぐ行けば神田明神が見えて来ます。
 

神田明神

社殿

社殿
神田明神は730年に真神田氏*1が始祖の大己貴命を祀ったことに始まるとされています。
江戸時代には幕府の崇敬が篤く、維新後も明治天皇の御親拝があったり、准勅祭社となるなど、常に重要な神社であり続けました。
 
2年に1度の神田祭もとても有名です。
最近の文化にも明るく、「ラブライブ!」や「ソードアート・オンライン」、「STEINS;GATE」等ともコラボを行っています。
なお正式名称は神田神社であり、神田明神は通称だそうです。
 
御祭神は以下の通りです。
・一之宮:大己貴命
・二之宮:少彦名命
・三之宮:平将門*2
 

随神門

随神門
豊磐間戸神
櫛磐間戸神
こちらが1975年に再建された随神門です。
随神様は右が豊磐間戸神、左が櫛磐間戸神*3で、像は松下幸之助*4の奉納だそうです。
 

祖霊社

祖霊社
氏子や崇敬者の先祖を祀る祖霊社です。
2005年に建立。
 

合祀殿

合祀殿
関東大震災や戦災で焼失したため、神田明神本殿に祀られていた7つの神社の御祭神を祀る社です。
かつて籠祖神社があった場所に2012年建立。
また、境内には籠祖神社の狛犬などの石造物が残されています。
 
祀られているのは以下の神社の御祭神です。
・籠祖神社(御祭神:猿田彦神*5塩土老翁神*6
八幡神社(御祭神:誉田別命
・富士神社(御祭神:木花咲耶姫命
・天神社(御祭神:菅原道真命、柿本人麻呂命)
大鳥神社(御祭神:日本武尊*7
天祖神社(御祭神:天照大御神
諏訪神社(御祭神:建御名方命*8
 

末廣稲荷神社

末廣稲荷神社
1616年頃に建立された神社です。
御祭神は宇迦之御魂神。
かつては級長戸辺之命、級長津彦之命*9も祀っていたようですが、現在は祀っていないんでしょうかね?
 

三宿稲荷神社、金刀比羅神社
三宿稲荷神社、金刀比羅神社

三宿稲荷神社と金刀比羅神社という2つの神社が同じ社に祀られています。
三宿稲荷神社の建立年は不詳で、御祭神は宇迦之御魂神。
金刀比羅神社は1783年建立で、御祭神は大物主命、金山彦命*10天御中主命です。
 

浦安稲荷神社

浦安稲荷神社
こちらは宇迦之御魂神が御祭神の浦安稲荷神社です。
徳川家康が江戸に来る前から祀られていたとのこと。
 

江戸神社

江戸神社
御祭神は建速須佐之男命で、三天王一の宮
創建は702年という、江戸屈指の古社です。
鎌倉時代には江戸氏*11氏神として崇敬されたようです。
 

大伝馬町八雲神社

大伝馬町八雲神社
御祭神は建速須佐之男命で、三天王二の宮。
江戸時代以前に建立。
 

小舟町八雲神社
小舟町八雲神社

御祭神は建速須佐之男命で、三天王三の宮。
かつては江戸城内にあったとのこと。
 

魚河岸水神社

魚河岸水神社
御祭神は弥都波能売命*12
築地中央卸売市場内にこの神社の遥拝所があったらしいのですが、移転してからどうなったのかは不明です。
 

だいこく様尊像

だいこく様尊像
1976年に造られた、だいこく様(大己貴命)の尊像。
重さ約30トンあるそうで、石造りでは日本一のだいこく様尊像とのこと。
 

えびす様尊像

えびす様尊像
えびす様(少彦名命)の尊像ですが今回行った際には移設中のようで、覆いが掛けられていました。
本来の姿は神田明神のHPで見ることが出来ます。
 

その他

文化交流館

文化交流館
僕が行った時は文化交流館はオープンしていませんでした。
カフェやホールなどがある、素晴らしい文化施設のようですね。
 

獅子山

獅子山
獅子が子を千尋の谷に突き落とす姿が再現されています。
獅子の造形が大変素晴らしく、一見の価値有りです。
 

明治天皇御臨幸記念碑

明治天皇御臨幸記念碑
明治天皇が1874年に神田明神を御親拝されたことを記念した石碑。
裏面には、

明治七年九月十九日といふに畏くも明治天皇蓮沼村行幸あらせられ
御閲兵の後御還幸の道すがら當社に車駕を枉げさせられ親しく
御参拜遊ばされたりしかは後の記念にとその由一言かくなむ
          神田神社社司 平田盛胤謹書

とあります。
 

銭形平次

銭形平次
銭形平次の石碑です。
土台の寛永通寶がインパクト大です。
平次の住居が明神下であり、明神界隈で活躍するという設定に因んだ碑とのこと。
 

神田神社神田明神)】
住 所:東京都千代田区外神田2-16-2
御祭神:大己貴命少彦名命平将門
末社等:祖霊社(御祭神:氏子・崇敬者の先祖)
    合祀殿
     ∟籠祖神社(御祭神:猿田彦神
     ∟八幡神社(御祭神:誉田別命
     ∟富士神社(御祭神:木花咲耶姫命
     ∟天神社(御祭神:菅原道真命、柿本人麻呂命)
     ∟大鳥神社(御祭神:日本武尊
     ∟天祖神社(御祭神:天照大御神
     ∟諏訪神社(御祭神:建御名方命
    末廣稲荷神社(御祭神:宇迦之御魂神)
    三宿稲荷神社(御祭神:宇迦之御魂神)
    金刀比羅神社(御祭神:大物主命、金山彦命天御中主命
    浦安稲荷神社(御祭神:宇迦之御魂神)
    江戸神社(御祭神:建速須佐之男命
    大伝馬町八雲神社(御祭神:建速須佐之男命
    小舟町八雲神社(御祭神:建速須佐之男命
    魚河岸水神社(御祭神:弥都波能売命)
    だいこく様尊像
    えびす様尊像
創 建:730年
H P:神田明神
 

 
 

天野屋で一息

外観
甘酒
参拝後は、神田明神の鳥居のすぐ横にある天野屋で甘酒を飲みました。
ホッとする、とても美味い味わいでした。
因みにこの店の初代は仇討ちで江戸に出てきて、仇探しのためにこの場所に店を構えたのだとか。
 

【天野屋】
住 所:東京都千代田区外神田2-16-2
H P:天野屋
 

 
 

湯島聖堂

大成殿

湯島聖堂
大成殿
天野屋を出た後は、すぐ近くの湯島聖堂へ。
湯島聖堂は林家邸内の孔子廟として建立され、1690年に現在地に遷座
その後、1797年には昌平坂学問所も開設されました。
 
この大成殿内部の中央の神龕には孔子が祀られています。
また、神龕の左右には四配が祀られています。
四配は孔子の弟子が祀られたもので、左側が孟子曾子、右側が顔子と子思です。
また孟子曾子の左側には西哲五位が、顔子と子思の右側には東哲五位が祀られています。
「五位」は「5つの位牌」という意味です。
西哲五位と東哲五位というのは恐らく、孔門十哲のそれぞれの人物だとは思いますが、詳しくは分かりません。
 

孔子銅像

孔子銅像
敷地内には巨大な孔子銅像が建っています。
台北ライオンズクラブから寄贈されたもので、世界最大の孔子銅像とのこと。
 

神農廟

神農廟への道
敷地内には神農を祀る神農廟もあります。
本来ならこの先に神農廟への道が続いているのですが、11月23日の神農祭の日以外は一般公開はされていないとのこと。残念。
 

湯島聖堂
住 所:東京都文京区湯島1-4-25
 廟 :大成殿
     ∟神龕(孔子
     ∟四配(孟子曾子顔子、子思)
     ∟西哲五位
     ∟東哲五位
    神農廟(神農)
H P:湯島聖堂
 

 
今回は以上。
次回は狸が特徴的な柳森神社について。
 

脚注

*1:大田田根子命(大物主命の子。大物主命は大己貴命の幸魂奇魂と伝わる)の後裔。

*2:50代桓武天皇の5世孫。新皇を称し朝廷に反旗を翻すも、平将門の乱で討伐。

*3:天石門別神の別名が豊石窓神(豊磐間戸神)・櫛石窓神(櫛磐間戸神)であり、同一の神とも。

*4:パナソニック創業者。PHP研究所松下政経塾も設立。

*5:天孫降臨の際に先導した神。

*6:竹籠を作り、彦火火出見尊(山幸彦。瓊瓊杵尊の子)を助けた神。伊弉諾尊の子とも伝わる。

*7:12代景行天皇皇子で14代仲哀天皇の父。

*8:大国主命の子。諏訪大社の御祭神。

*9:伊弉諾尊伊弉冉尊の子で風の神。級長戸辺之命と級長津彦之命は同一の神とも、男女対の神ともされる。

*10:鉱物の神。伊弉冉尊軻遇突智神を生む際に吐瀉物から生まれた。

*11:桓武天皇4世孫の平良文の後裔。

*12:伊弉諾尊伊弉冉尊の子で水の神。

秋葉原の花房稲荷神社と講武稲荷神社、秋葉原神社跡地

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その7:花房稲荷神社と講武稲荷神社、秋葉原神社跡地
その8:神田明神と湯島聖堂
その9:狸像が可愛い柳森神社
その10:沖田総司も参拝した六本木ヒルズ近くの櫻田神社
その11:出雲大社は六本木駅徒歩1分の場所に

 

はじめに

お久しぶりです。
最近色々忙しくて、間が開いてしまいました。
 
ところで、水天宮の記事穴八幡宮の記事について、境内社の追記を行いました。
 
さて、今回は秋葉原にある花房稲荷神社と講武稲荷神社、そしてかつて存在した秋葉原神社について書いて行きます。
 

知る人ぞ知る、秋葉原の花房稲荷神社


秋葉原のメインストリートには様々な店舗が並んでいますが、今回の神社は「リバティー4号店」の辺りにあります。
店の横には路地があるので進むと、リバティーの店舗裏口が見えてきます。
 

リバティー裏口
裏口から進んだ場所にある路地
この裏口の前には、よく見るとかなり細い路地があることに気付くかと思います。
そこを進むと左手に突然神社が現れます。
 
社殿
これが花房稲荷神社です。
扁額には「花房神社」とありますが、千代田区のHPによると「花房稲荷神社」とのことです。
 
御祭神は、稲荷神社なので倉稲魂命でしょうか。
社殿の前には小さな狐の像があります。
特に由緒書などはありません。
 

【花房稲荷神社】
住 所:東京都千代田区外神田4-4-5
御祭神:倉稲魂命
末社等:無し
創 建:江戸時代
H P:無し
 

 

狐の像が可愛い講武稲荷神社

社殿
秋葉原の西の方には講武稲荷神社があります。
御祭神は宇之御魂命*1です。
御神体は、一説に運慶の作だと伝わっているようです。
 
由緒書の掲示は以下の通り。

 講武稲荷神社縁起由来(町会所有)
 
 当社は旅籠町三丁目にあり 安政四年の鎮座にして神体は宇之御魂命なり 一説に運慶作なりと伝ふ 昔時大貫伝兵衛なるなるもの当講武所附属地の払下を出願し其の許可を得んが為め浅草橋場なる長昌寺に安置せる此稲荷神社に参詣し 祈念怠ざりしかば遂に安政三年五月二十二日を以て 払下免許となりたる由 これが為翌年社祠を造営し其の本体を橋場より本社に移したるを以て創始として居る今尚ほ毎年五月二十二日を大祭日としてゐる。
 尚段の社域は大正一二年の震災の際焼失せるも其後区画整理により現在地に安置せられたり 一般に火伏せの神なりと其の霊の灼さを伝へられ更に此の火伏護神と共に花街の繁昌に貢献顕著だと伝ふので近隣の三業関係人は勿論遠く向島辺から参詣人が多く時ならぬ賑やかさも有りと申されて居る。(古文のまゝ)
 戦災で復興・昭和五十五年改装・このたび銅板にて由来板を新装しました。

 
          外神田旅籠町会
 
  平成六年二月初午

 
また、『神田明神のこころ』という神田明神宮司さんが書かれた本の88頁によれば、神田明神末社であるとのことです。
 

狐の像
境内階段横の岩の上には、狐の像が3体置かれています。
中々に可愛いです。
 

【講武稲荷神社】
住 所:東京都千代田区外神田1-9
御祭神:宇之御魂命
末社等:無し
創 建:不明
H P:無し
 

 

1年ちょっとの夢の跡、旧・秋葉原神社

秋葉原神社跡地
秋葉原の名を冠した神社が2016年5月にオープンしました。
その名もズバリ「秋葉原神社」。
 
在りし日の秋葉原神社
神社の紋
上の写真は2017年5月8日撮影の秋葉原神社です。
神社の紋は菊紋に卍。
さてこの秋葉原神社、不要になったフィギュアの供養を全面的に打ち出していました。
そのため、神社の内部にはフィギュアが大量に並んでいた覚えがあります。
それ以外にも巫女さんと写真を撮れるサービスやら、アイドルの仮面女子とのコラボやらと積極的に色々なことをやっていたのが印象的でした。

御祭神は天照弥勒大神*2、天宇受売命*3、宇迦之御霊神の3柱。
 
ところでこの神社、実は平安教団という教団の別宮でした。
詳しくは秋葉原神社のHPの説明の通り。
 
そんな秋葉原神社でしたが、2017年6月30日をもって閉鎖となってしまいました。
当時のHPではどこか違う場所を探して再開を模索しているようでしたが、2019年3月4日現在、全く情報を耳にしません。
跡地は外観こそそのまま残っていますが、中身は巫女喫茶になっているようです。
 

秋葉原神社跡】
住 所:東京都千代田区外神田1-6-1 外神田ビル 1階
御祭神:天照弥勒大神、天宇受売命、宇迦之御霊神
末社等:無し
創 建:2016年5月
閉 鎖:2017年6月30日
H P:http://akihabarashrine.jp/
 

 
さて、今回の記事は以上。
次回は江戸総鎮守・神田明神についてです。
 

脚注

*1:由緒書による。これで「うかのみたまのみこと」と読んでいるのか、単純に「宇迦之御魂命」の誤植なのかは不明。

*2:天照大神弥勒菩薩が融合した神様らしいですよ、よく知りませんが。

*3:岩戸隠れの際に踊った神。猿女氏の祖。