はじめに
日本海に面した島根半島の西端に、日御碕(ひのみさき)という風光明媚な岬がある。
古くは『梁塵秘抄』において聖が住むと詠まれた土地だが、この清らかで美しい岬を見ると確かに昔の人が聖の住まいと思ったのも頷ける*1。
この岬では、白亜の塔が潮風を受けながら、その巨躯を青空へと突き刺している。
その名を、出雲日御碕灯台という。
灯台の真横は断崖絶壁になっているが立入禁止ではなく、誰でも崖まで行くことができる。
間違っても躓いたり、一歩でも足を滑らせれば海の藻屑となるのは間違い無しだ。
崖から海を覗き込めば、そこには絵画に描かれるような青海原に白波が立つという光景が広がっている。
やがて白波は水面から顔を突き出した岩や断崖へとぶつかり、ざざん……と大きな音を辺り一面に鳴り響かせていた。
日御碕神社
そんな出雲日御碕灯台から500mほど南に、日御碕神社が鎮座している。
日御碕神社は天葺根命(あめのふきねのみこと)の末裔である小野氏が代々神職を務める由緒ある社だ*2。
天葺根命は『日本書紀』神代上第8段一書第4と『旧事紀』では素戔嗚尊の5世孫であり草薙剣(天叢雲剣)を高天原に献上する際の使者である天之葺根神(あまのふきねのかみ)とされ、『古事記』では須佐之男命の5世孫にして大国主神の父である天之冬衣神(あめのふゆきぬのかみ)とされている*3*4*5。
さて、今回の日御碕神社のマップは、由緒書の掲示に載っていた上掲のものが分かりやすかった。
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なお、長くなったため境内の摂末社については次回の記事で扱う。
日御碕神社上下社
境内の由緒書の掲示によれば、本殿は神の宮(かみのみや、上の宮)と日沉宮(ひしずみのみや、下の宮)の2社から構成されている。
上下社共に社殿は江戸幕府第3代将軍・徳川家光の命により寛永20年(1643年)に建てられ、翌寛永21年(1644年)に遷宮したものだ。
神の宮(上の宮)
楼門をくぐって右側には神の宮が鎮座している。
別名を上の宮といい、御祭神は神素盞嗚尊を祀っている。
また昭和12年(1937年)に出版された『神道大辞典』によれば、田心姫命・湍津姫命・市杵島姫命の3柱を配祀するとのこと*6。
上の宮は神代に素戔嗚尊が行った熊成峯おける占いにより、素戔嗚尊の神魂の鎮座地が隠ヶ丘(かくれがおか、現在の日御碕神社の北方の丘)と定まったので、天葺根命がこれを奉祀したことに始まる*7。
のち安寧天皇13年(前536年)に、勅命によって現在地に遷座したとされる*8。
また、天平5年(733年)完成の『出雲国風土記』には美佐伎社、延長5年(927年)完成の『延喜式』では御碕神社の名で掲載されている*9*10。
日沉宮(下の宮)
楼門をくぐり真っ直ぐ進んだ正面に鎮座するのが日沉宮だ。
別名を下の宮といい、御祭神は天照大御神を祀っている。
先述の『神道大辞典』によれば、天忍穂耳命・天穂日命・天津彦根命・活津彦根命・熊野樟日命の5柱を配祀するとのこと*11。
日沉宮は神代に天葺根命が清江の浜(現在の日御碕神社近くの浜辺)に来た際に、経島(ふじま/ふみしま)の松が光り鎮座に関する御神託があったため、天葺根命が島に奉祀したことに始まる*12。
のち安寧天皇13年に勅命による祭祀、開化天皇2年(前156年)に勅命による神殿造営がなされたとされる*13。
また、『出雲国風土記』に見える百枝⬛︎(ももえしぎ/ももえすぎ、⬛︎=木偏に䰟)の社がこの日沉宮であるとされている*14*15。
なお名称は由緒書の掲示を見る限り、百枝槐(ももえのえにす)社とも表記されるようだ。
日沉宮は、村上天皇の御代である天暦2年(948年)に現在地へと遷座した*16。
その他
和布刈神事の木彫り彫刻
権現島にある境外末社・熊野神社にて行われる和布刈神事(めかりしんじ)と呼ばれる神事が有名だ。
これは神職が権現島に渡り、箱眼鏡と鎌でワカメを刈り取り、熊野神社に供えて豊漁祈願を行う神事だ*17。
境内入口には、この神事をの様子を象った木製の彫刻作品が置かれている。
御神砂之碑
地鎮祭で用いられる日御碕神社の御神砂は、怪我・病気からの回復霊験灼かであるとされているらしい。
境内には交通事故で重傷を負った人が御神砂の霊験で全快した逸話が刻まれた、「御神砂之碑」という顕揚碑も建てられている。
脚注
*1:佐佐木信綱校訂『新訂 梁塵秘抄』[改版](岩波文庫、1941年)57頁
*2:小野尊光『小野家譜』(小野尊光、1875年)2頁(東京大学史料編纂所所蔵史料目録データベースでは4枚目)
*3:坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋校注『日本書紀(一)』(岩波文庫、1994年)100頁
*5:倉野憲司校注『古事記』[改版](岩波文庫、2007年)46頁
*6:下中弥三郎編『神道大辞典』(臨川書店、1986年)1224頁(国会図書館デジタルコレクションでは705コマ)
*7:日御碕神社社務所『日御碕神社御由緒略記』(日御碕神社社務所、発行年不明)裏面
*8:同上
*10:藤原時平・藤原忠平『延喜式 第2』(日本古典全集刊行会、1929年)117頁(国会図書館デジタルコレクションでは113コマ)
*11:下中、前掲書、1224頁
*13:同上
*14:同上
*15:武田、前掲書、137頁
*17:出雲観光ガイドHP「日御碕神社 和布刈神事(めかりしんじ)」参照。
*18:日御碕コミュニティーセンター『日御碕コミュニティーセンターだより』(日御碕神社コミュニティーセンター、2022年)裏面