燈蓮寺伽藍堂 -RISING FALCON-

北海道内に居りました。

富岸神社に参拝した話

道内巡り記事一覧
神社巡り記事一覧
 
 

登別にある富岸神社

社殿

f:id:hayabusa8823:20190215022227j:plain
鳥居
f:id:hayabusa8823:20190215022234j:plain
社殿
昨年の12月に富岸神社に参拝した時のことをまだ記事にしていなかったので、今回はそれについてです。
富岸神社はその名の通り登別市の富岸町*1にあります。
この神社の御祭神は天照皇大神大国主神事代主神の3柱。
 
階段下の右手に由緒書の石碑があります。
内容は以下の通り。

富岸神社由緒
 
御 祭 神  天照大御神
 配  神  大国主神
 配  神  事代主神

 
 
 明治政府の北海道防備と開拓政策に応じた有志(新潟・富山・鳥取・香川・兵庫・福岡)又明治二十年同二十二年屯田制度に応募し室蘭港を経輪西・中島・付近に計一千百九名入植した
明治二十三年五月新日鉄野球場東側丘陵先端に「丸山神社」を御創祀した
明治二十三年五月制度満期以降追給地を求めて富岸地域に一部移住・渡道有志と共に開墾に従事して村落を構成した
然かる同時期に御創祀の分霊奉持して富岸町三丁目四三番地(亀田記念公園東側)地先に人心の安泰を願って富岸神社建立した
現在地には明治四五年移転し数回の改築後平成九年七月鳥居を改建する
平成十二年七月社殿・拝殿・屋根等崇敬氏子諸氏計二四二名金六百六十七万余円の奉納を受けて改築現在に至る
 
  平成十五年七月吉日
   富岸神社氏子一同

文中の「丸山神社」は「圓山神社」(=現在の中嶋神社)のことでしょう。
この由緒書の記述によれば、1890年の富岸町開墾と同時期に創建されたように読めますが、『市史 ふるさと登別 資料編』の348頁によると1906年8月創建とされており、よく分かりません。
 

地神碑

f:id:hayabusa8823:20190215022624p:plain
f:id:hayabusa8823:20190215022241j:plain

f:id:hayabusa8823:20190215022247j:plainf:id:hayabusa8823:20190215022540j:plainf:id:hayabusa8823:20190215022546j:plain
地神碑
神社の階段下左手側には、1943年3月建立の地神碑があります。
御祭神は正面から右回りに天照皇大神少彦名神、稲倉魂神、象罔女神*2、大地主神*3です。
 

石仏2基

f:id:hayabusa8823:20190215022552j:plain
石仏
先述の由緒書の石碑の右手には、石仏が2基並んでいます。
 

不動明王像?

f:id:hayabusa8823:20190215031349j:plain
不動明王像?
まず左側には不動明王らしき像が。
ただ、像裏側や台座などにもこれといった情報が無いので詳細不明です。
 

馬頭觀世音碑

f:id:hayabusa8823:20190215022615j:plain
馬頭觀世音碑
右側には馬頭觀世音碑があります。
こちらは1921年10月の建立。
 

【富岸神社】
住 所:北海道登別市富岸町1-3-1
御祭神:天照皇大神大国主神事代主神
末社等:地神碑(御祭神:天照皇大神少彦名神・稲倉魂神・象罔女神・大地主神)
    不動明王像?
    馬頭觀世音碑
創 建:1906年8月*4
H P:無し
 

 
さて、今回は以上となります。
 

脚注

*1:「富岸」の読みは「とんけし」です。

*2:罔象女神伊弉諾尊伊弉冉尊の子で水の神。

*3:大国主命のことでしょうか?

*4:『市史 ふるさと登別 資料編』による。