燈蓮寺伽藍堂 -RISING FALCON-

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哲学の道の始点・熊野若王子神社とその末社

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はじめに


先日の記事で書いた哲学の道は熊野若王子神社から銀閣寺の辺りまで続いているが、今回はその熊野若王子神社について書いていく。
 

なおマップは、境内に掲示されていた上掲のものが分かりやすかった。

熊野若王子神社

熊野若王子神社社殿



熊野若王子神社には国常立神・伊佐那岐神・伊佐那美神・天照皇大神の4柱が祀られている。
 
熊野若王子神社は1160年(永暦元年)に後白河上皇紀州熊野権現を勧請したことに始まる*1
神社南西に鎮座する禅林寺*2の鎮守社ともされた。
熊野神社、新熊野神社と並び洛中熊野三山の一つとされる。
 
御利益は学業成就と商売繁昌であるらしい*3
 


本殿前には若王子なで牛も置かれている。
こちらの御利益は傷病治癒と学業成就とのこと。
 

夷川恵比須社



本殿左手には恵比須神を祀る夷川恵比須社が鎮座している。
御利益は開運や商売繁昌であるらしい*4
 
本殿ないに安置されている恵比須神像は等身大のサイズで中々迫力がある。
由緒書曰く、この像は元々夷川通の辺りにあった蛭子社に祀られていたが、応仁の乱で社が滅亡したが像は残り今に伝わっているらしい。
 
また田中緑紅*5が著した『京のお宮めぐり その二』という本によれば、かつては夷川通の辺りに祀られていたが、社を世話できる人が居なくなってしまったので熊野若王子神社に依頼して末社にして貰ったらしい*6
 

地蔵堂


社務所の近くの駐車場の横には祠があり、石仏が多数祀られている。
見たところ、どれも地蔵尊であるようだ。
 

天龍白蛇辨戝天、如意輪の滝


神社前の道を山の方へ向かって行くと、道が3方向に分かれている。
左側の道は桜花苑、真っ直ぐの道は瀧宮神社、そして右側の道は天龍白蛇辨戝天へと続いている。
分かれ道の辺りからでも、遠くに赤い鳥居が見える。
 


これが天龍白蛇辨戝天の社だ。
由緒書等はないので弁財天が祀られているということくらいしか分からない。
 

天龍白蛇辨戝天の背後には如意輪の滝が流れ落ちている。
よく見ると、滝の上部には不動明王らしき石仏が祀られている。
 

天照神五大力王・天照神力弁戝天、白蜈蚣大神 外7柱


分かれ道の辺りには、2柱の神々を祀った神名碑と、8柱の神々を祀った神名碑が並んで建っている。
まるで稲荷山のお塚のような雰囲気だ。
 

まず右側は天照神五大力王と天照神力弁戝天が祀られている。
天照神五大力王は詳細不明だが、密教五大力*7のことだろうか。
天照神力弁戝天はその名の通り弁財天なのだろう。
どちらも頭に「天照」の字を冠しているが、天照大御神と習合しているのかはよく分からない。
 

左側には白蜈蚣大神・融通大神・早馬大神・火伏大神・弁天姬の命・大山稲荷大明神・古天白龍大神・大山祇大神の8柱が祀られている。
「蜈蚣」は「ムカデ」と読むが、ムカデが神として祀られているのかもしれない。
 

三解社


先述の分かれ道を真っ直ぐ進み坂道を上る。
途中、石鳥居の手前右側に開けた場所があり、末社が祀られている。
 
まず一番右奥には三解社*8が祀られている。
由緒書が無いので、現地では由緒や御祭神が分からなかったが、『京都神社誌』と『京都坊目誌 上巻之二十七』を見ると記述があった。
 
『京都神社誌』によると、三解社は天保2年(1831年)の創建で、荒霊神を御祭神として宮中が造営したとのこと*9
 
また『京都坊目誌 上巻之二十七』によると、三解社は新待賢門院*10が皇子・皇孫の
守護のために女宮霊を祀ったことに始まるとのこと*11
 
これらの話を統合すると、天保2年に新待賢門院が皇族守護のために三解社を創建したということになるだろう。
ただ御祭神に関しては、荒霊神と女宮霊が同一の神を指しているのかは不明だ。
 

本間龍神



三解社の左側に石鳥居があり、その向こう側には本間龍神と刻まれた神名碑と、両脇に狛犬が建っている。
 

八重垣辨天



本間龍神の左側の地面に、見落としそうなほど小ぶりの神名碑が建っている。
八重垣辨天と刻まれており、弁財天が祀られているようだ。
 

石仏2尊


八重垣辨天の左側には石仏が2尊祀られている。
かなり風化しており、この石仏が誰なのかは分からなかった。
 

山神社


三解社などのある場所から更に石鳥居をくぐり階段を上った先にも社が祀られている。
  
右側に鎮座するのは山神社だ。
特に由緒書は無いので御祭神は不明だが、山神社なのでもしかすると大山祇神かもしれない。
 

滝宮社



山神社の左手には滝宮社が鎮座している。
こちらも由緒書は無く、御祭神は不明だ。
 

千手乃滝方面の道


滝宮社の横の道を進むと、千手の滝方面へと行くことができる。
千手の滝の周囲には千手滝不動尊や福壽稲荷大神が祀られているようだ。
 
 

本当は千手の滝方面にも行こうと思ったが、柵の辺りにあった注意書きに猪が出ると書かれていたので、思わず引き返してしまった。
流石に他に誰も参拝者が居ない状態で突き進む勇気は無かった。
 

余談

北尾鐐之助という人が書いた『京都散歩』という本を読んでいると、境内の滝(どの滝かは書かれていない)についての記述があった。
曰く昭和の頃は、鶏すき焼きを食べた後の酔っ払いが滝で水浴びをしていたのだという*12
この記述は昭和15年(1940年)の改訂版においても載っているので、恐らくその頃の話と思われる*13
 

【熊野若王子神社
住 所:京都府京都市左京区若王子町2
御祭神:国常立神、伊佐那岐神、伊佐那美神、天照皇大神
社祠等:夷川恵比須社(御祭神:恵比須神
    天龍白蛇辨戝天(御祭神:天龍白蛇辨戝天)
    本間龍神(御祭神:本間龍神
    他多数
H P:熊野若王子神社
 

 

脚注

*1:京都観光Navi「熊野若王子神社」参照。

*2:永観堂」の通称で知られる浄土宗寺院。

*3:京都十六社朱印めぐり「熊野若王子神社」参照。

*4:社務所で頂けるパンフレット『京洛東那智 熊野若王子神社』による。

*5:明治〜昭和の京都の郷土史家。『緑紅叢書』という53冊からなる郷土誌の大著を記した。

*6:田中緑紅『京のお宮めぐり その二』(緑紅叢書、1963年)9〜11頁

*7:五大明王とも言い、不動明王降三世明王軍荼利明王大威徳明王金剛夜叉明王の5尊からなる。

*8:読みは「みとけしゃ」。

*9:藤田由章『京都神社誌』(社寺研究会、1934年)481頁

*10:幕末の女院仁孝天皇典侍であり孝明天皇の母。

*11:碓井小三郎・ 編『京都坊目誌 上巻之二十七』(1916年)313頁(新修京都叢書刊行会・編『新修京都叢書 第十九巻』(臨川書店、1968年)収録)

*12:北尾鐐之助『近畿景観 第三編 京都散歩』(蘭書房、1954年)277頁

*13:北尾鐐之助『新京都散歩』(創元社、1940年)286頁